第4章 乳児期の発達:知覚とコミュニケーション
4-1. 姿勢、身体の発達と身体指標
4-1-1. ひとり立ち―座る、歩く、つかむ
姿勢や歩行
新生児(生後1ヶ月までの乳児)は身体全体をねじったり手足を動かしたりできるが寝返りはできない 日が経つにつれて、うつ伏せ時に徐々に頭を自力で挙げられるようになり、3ヶ月ごろに首がすわり始める
ひとりで座ることができるようになるのは7ヶ月頃であり、その後、はいはい、つかまり立ちを経て、1歳2,3ヶ月ごろに自力で立って歩けるようになる
生後しばらくは少し離れたところにある対象に触れるために手をのばすこと(リーチング)も難しい
生後半年近くになると、触りたいと思う対象にリーチングして触れ、握れるようになる。
生後7ヶ月ごろに掌で握ることが可能になる
その後、指で掴むことが徐々に可能になり、1歳1ヶ月ごろまでにつまめるようになる(Halverson, 1931; 橘川, 2001)
指を器用に動かせるようになるのに伴い、クレヨンやペン、はさみ使用が可能になっていく
描画は幼児期に始まり、なぐりがきの時期(1歳半~2歳半頃)、象徴期(2歳半~4歳頃)、図示期(5歳~8歳頃)と移行していく(東山・東山, 1999)
なぐりがきの時期は言葉が十分に発達する前の時期で象徴概念が未発達なため、指を器用に動かして殴り書きはできても、何かを表すものとして象徴的に描くことはない
言葉や表象が発達してくると、象徴期へと移行し、何かを思い浮かべながら描いたり、描いたものを命名するようになる
図示期になると大小関係なく他視点から平面的に描かれるものの、上の方が空、下は地面というように位置関係の秩序が出てくる
写実的な書き方はその後発達する
はさみの使用について、直線、正三角形、円を切り取る課題を行った落合・橘川(1981)
3才児と4歳児の間で、形を切る速さや出来栄えに大きな差があることが示されており、はさみを比較的うまく使えるようになるのはほぼ4歳以降
4-1-2. 原始反射とジェネラルムーブメント
いずれも表出される時期や表出のされ方に中枢神経系の発達が関与している 大方、生後間もなくから4, 5ヶ月ごろまで見られる
大脳皮質が発達し、随意的な身体の動きが可能になるにつれ、消失していく
消失しない場合は中枢神経系の障害が疑われる
主な原始反射(Restak, 1986)
足の裏をかかと側からつま先の方へ擦ると、大人の場合は通常指は足底側に曲がりつぼまるが、乳児の場合、指が扇状に広がる
おおよそ2歳になる前までと、原始反射の中でも比較的長い期間見られる
抱きかかえた乳児を水平のまま突然下ろすと、手足を大きく広げて抱きつくかのような姿勢を取る。
また、仰向けに寝かせているとき四肢を突然はねあげ抱き付くかのような動きをする
口にものが触れると吸い始める
哺乳のために必要な反射
乳児の両脇を支え足が床につくようにした状態で、乳児を前に少し傾けると、足を交互に動かし歩くような素振りを見せる
乳児の目の前に指を出すと反射的に握りしめ離さない事が多い
生後半年を過ぎ、随意的に手を伸ばして握り離すということが可能になると消失する
生後3ヶ月間だけ仰向け時に見られる、数秒から数分にわたる全身運動
カオス的で特定のカテゴリーに分類できない奇妙な運動とされ、3ヶ月以降に表出されるさまざまな動きを包含するように見える(多賀, 2002)
特に新生児期はライジング(writhing)といって手足を含む全身の粗大運動が顕著に見られる。 生後2ヶ月になるとフェジェティー(fidgety)といって、全身の各部分の屈伸を繰り返すような動きが増え、3ヶ月頃になると徐々にジェネラルムーブメントらしい動きがなくなり、特定のカテゴリーに分類可能な動きが増えてくる 中枢神経系に何らかの障害がある場合は、ライジングやフィジェティーのパターンがずれると言われており(Prechtl et al., 1997)、ジェネラルムーブメントは原始反射よりも早く、生後2ヶ月前後で一部の障害を予見できる可能性が指摘されている
一見しただけではわかりにくいため、客観的な評価法や測定法の進展が望まれる
4-1-3. 目は口に代わってものを言う?
サッケード: 見たい対象にすぐに目を動かす瞬間的な眼球運動 新生児から見られるが、乳児期はサッケードを始めるまでの潜時が長い(Aslin & Salapatek, 1975)
画面の中央に興味深い対象が現れているときに、周辺にも興味深い対象が現れると、4ヶ月以下の乳児ではサッケードに時間がかかる(松沢・下條, 1996)
追跡眼球運動: 運動する目標を目で追っているときに現れる眼球運動 2ヶ月から6ヶ月の間に追跡可能速度が大きく増し、追跡しきれない速さの場合はサッケードでその動きを追う(von Hofsten & Rosander, 1997)
これらの眼球運動はすぐに成人と同様の水準に達するわけではなく、児童期も発達し続ける(山下, 1988)
サッケードは注意を向けたい対象への目の動きであるため、その動きから乳児がどこに注意を向けているかがわかる
乳児期の多くの認知能力が調べられてきた。
馴化―脱馴化法: 刺激を1つ提示し続けて順化が生じた後に新たな刺激を提示し、その刺激への注視時間を測定する方法 選好注視法: 複数の刺激(多くの場合は2つ)を同時に見せたときに、どの刺激が最もよく見るかを測定する方法 従来の研究から、区別できるなら単純な図形よりも複雑な図形を、記憶していれば過去に何度も見た図形よりも新奇な図形を好んで長く見ることが知られている。
4-2. 感覚・知覚の発達
4-2-1. どのくらい見えているのか?
これまでの発達心理学では単純な図形よりも複雑な図形を好んで見るという乳児の性質を利用して、選好注視法等でおおよその乳幼児の視力を把握してきた。 生後2,3ヶ月の乳児の視力は0.01~0.02程度
灰色の刺激と縞模様の刺激を提示→最終的に乳児が見分けられる最も狭い縞の幅(最も高い空間周波数)を求める
言葉が発達してくると成人の検査と同様にランドルト環を使って視力が測定される 4, 5歳ごろに1.0程度に達すると言われる
乳幼児期は視力が発達途上で小学校低学年頃まで発達し続ける
この時期には十分な視覚経験が必要であり、長期に渡る眼帯の使用には注意を要する
奥行き知覚は2, 3ヶ月頃から可能と考えられている
仰向けに寝た姿勢の乳児に対し上から刺激が落下してくる様子を見せる装置による実験(White, 1971)
落下直後に乳児が瞬目反応(まばたき)を示せば落ちてくる感覚を有していることを意味する 瞬目反応を一貫して示すように成るのは3ヶ月頃
深さや段差に対する反応は月齢によって異なる
ギブソンとウォーク(Gibson & Walk, 1960)は視覚的断崖装置を使って6ヶ月から14ヶ月の乳児の深さへの反応を調べた。 乳児は断崖側へわたるをの躊躇した。
視覚的断崖を使ったその後の研究で2ヶ月の乳児を断崖側に置くと心拍数が減るものの、9ヶ月の乳児では心拍数が増えるとの結果が示されている(Campos et al., 1970; Schwartz et al., 1973)
これらの結果と視力や奥行き手がかり(運動視差や両眼視差)の利用の発達を踏まえると、2, 3ヶ月頃から視覚的に奥行きを知覚しているが成人ほどではなく、身体を動かせる度合いが月齢により大きく異なる乳児期は、奥行きや深さに対する興味や情緒的反応自体が発達的に変化していく可能性が考えられる 馴化―脱馴化法等による色覚の調査によれば、新生児でも一定の色の区別はできるが、成人に近い色の識別がほぼ可能になるのは生後2~3ヶ月頃という(Abramov & Gordon, 2006)
4-2-2. 感覚運動期
言葉や表彰を介してではなく、より直接的に感覚運動的に外界を認識している時期
シェマとは認識の枠組みということができ(子安, 2005)、シェマにあわせて情報を取り入れて(同化させて)いくが新しい情報がシェマに合わないとその情報に合わせてシェマ自体を変更(調節)し、その繰り返しを通じてより安定期の高い認識段階へ移行(漸進的に均衡化)していくと説明されている(Piaget, 1964) 2歳までの時期の特徴
出生直後は主に原始反射等の反射的な行動により外界に反応している
次第に自己の身体を触ることを繰り返し、続いて、自分の周りのものを触ることを繰り返し、自分の行為が及ぼす対象や外界の変化に興味を持つようになる
8ヶ月頃からは目標を設定し、それを達成するための手段を講じるといった意図的な行動が出てくる
その後1歳ごろから目標達成のために様々な手段を試すといった行動が見られるようになる
1歳半ごろから感覚運動期の終期を迎え、次の前操作期への移行期に入る
これまでに形成してきた感覚運動的シェマに基づき、新しい手段を行使するような洞察的な行動が可能になっていく(木下, 2005; Piaget & Inhelder, 1966)
4-2-3. 対象の知覚の仕方―知覚の恒常性、対象の永続性
乳児期における知覚の恒常性の実験(Bower, 1964; 1966) 対象物Aに対して乳児にある反応をするよう条件づける(学習段階)
見るときの距離や角度が対象物Aと同じ対象物Bと、見る角度や距離は異なるが、学習段階の対象物Aと網膜への映り方がおなじになる対象物Cを乳児に見せる
そのときの反応から形や大きさの恒常性が生後2ヶ月で見られることをバウアーは示唆した。
類似の手続きで馴化―脱馴化法により検討したスレイターらは形や大きさの知覚の恒常性は新生児期から存在する可能性を示唆している(Slater et al., 1990; Slater & Morison, 1985) 対象の永続性: 触れられず、視界に入らなくなったものでも存在し続けているという概念 4ヶ月ごろの乳児では本人の目の前で玩具にタオルをかけるとまるでなくなったかのようにその玩具へ反応しなくなる
8ヶ月頃になると対象の永続性の認識が芽生え、眼前で対象が隠された場合にその隠された場所に対象を探すことができるようになる
しかし、8ヶ月頃は眼前でその隠し場所を移動させても最初の場所を探し続ける
対象の移動もわかり、対象の永続性の理解に達するのは1歳半ごろとされる
この結果は繰り返し示されており、感覚運動期の終わりの時期に相当する
3, 4ヶ月児でも視線では対象の移動先をとらえていることを示す知見もあるが(Baillargeon, 1987)、認識してりかいできているかは不明
4-3. コミュニケーションの発達
4-3-1. 乳児のコミュニケーション
人は生まれつき、他者に合わせようとする社会的な志向性を有していると言える
反射的に表情を模倣するような行動(共鳴動作)もすでに新生児期に見られる(Meltzoff & Moore, 1977) 情動伝染といって、他の乳児が泣くと泣き出す(Simmer, 1971) 生後10週で母親の示す表情を区別し、その表情にあわせて反応したとの知見もある(Haviland & Lelwica, 1987)
生後間もなくから、人の顔をほかの刺激よりも好んで見るという性質もある(Frantz, 1961)
生後半年を過ぎた頃から、乳児は親しい人とそうではない人を区別し態度を変えるようになる
この時期以降、コミュニケーションのあり方が大きく変化していく
共同注意(他者が指さしたり、見ているものを一緒に見る)が始まる(Tomasello, 1995) 山本(2000)は6か月児では視線だけでは難しく、指差しが伴うと本人から見て前方なら共同注意を行うが、10か月児では後方は少しむずかしいものの、ほぼどの方向でも確実に視線のみで共同注意が生じることを示した
共同注意の成立は自己、他者、対象の三項関係の成立とも深く関わっている 心の理解や共感性、社会性の発達を促す基礎となる
言葉の発達にも寄与する
「これ何?」という指差しや参照的注視(対象を見た後で相手の方を見ること)を行うことで、対象を表す言葉を周囲の人に尋ね学んでいくことも可能となる 社会的参照: 相手の対象への接し方や表情を参照すること 10ヶ月以降の乳幼児は人が注意を向けているものを読み取り、自分の関心のあるものや欲求を示し、さらには外界の対象の性質まで把握している
4-3-2. 言葉の出現―クーイング、喃語を経て
乳児期初期はまだのどの喉頭部分が下降していないため、そもそも言葉を話すための音声を発することができない
最初に発する音は叫喚音が中心で、ほどなくしてクーイング(喉の置くからクックッと鳴らすような声)が可能となる 成長に伴い喉頭部分が下降すると、喃語(母音と子音を組み合わせた声)を発せられるようになる 基準喃語: 「子音+母音」構造を含む、複数の音節からなる喃語(bababaなど) 基準喃語の出現は平均的には6, 7ヶ月頃
基準南湖の出現のほぼ半年後
基準喃語が出現する直前の時期に、発声に同期させるような手足の動きが顕著に増えると言われる(江尻, 1998)
また、この時期は声を立てて子供が笑い出す時期でもある(正高, 2001)
4-3-3. 話す前から言語音を聞き分けている?
マザリーズ: 抑揚をつけた、ゆっくりと高めの声の話し方 乳児は出生直後からマザリーズを好む
大人たちも乳幼児に対して自然とこのような話しかけを行う
マザリーズは乳児にとって聞き取りやすく、乳児の言葉の学習に適していると考えられている
生後間もない頃から、韻律的な特徴や単一音同士(baとpaなど)の違いを認識していることを示す知見がある(DeCasper & Spence, 1986; Eimas et al., 1971)
母語音声に特化した音韻的特徴の聞き分けや単語の切り分けが可能になるのは、生後8~10ヶ月であることが示されている
クールらは、6~8ヶ月の英語母語乳児と日本語母語乳児において、raとlaの弁別率は65%程度と変わらないが、10~12ヶ月の乳児では日本語母語乳児の弁別率は60%出会ったのに対し、英語母語乳児では70%を超えることを示した(Kuhl et al., 2006) 単語を歌・朗読により短期的、長期的に繰り返し聴取する機会を設け、単語音声に対する乳児の記憶力を検討した梶川・正高(2000; 2003)によれば、8ヶ月ごろには繰り返し聞いた単語を切り出して記憶している可能性が高いという
養育者が理解していると感じる理解語(50%を超える語)は日本では12ヶ月までに12語、50語に達するのは15ヶ月で表出より数ヶ月~半年先行していたという(小椋, 1999; 小椋・綿巻, 1998)
乳児はまず、母語の音声を聞き取るのに適した聞き方ができるようになり、自ら発音はできないがその音声が意味することを理解し始め、ほどなくして初語が出現すると言える。